省みない親切心こそが・・・
「Hi! May I help you?」
僕は座り込んでいる外国から来たであろう少女に話しかけた。
その後待っている展開など予想することをしないままで。
風を切る音が心地よい。
歩くことは一番好きだが、次に好きなのは自転車だ。その次がバイク。空気を身にまとう感じが好きなのだ。そして、スピード感を感じることが出来るのが好きだ。
自転車にはあまり束縛はない。強いて言えば、坂道が昇り辛いことだけだろうか。短時間であれば道端に止めても怒られないし、興味の赴くままに走ることが出来る。
何より、歩く時よりも遠くに行ける。車での移動が主流である地方の方は難しいが、東京なら自転車があれば、結構色々な場所へ行くことが出来る。そして、エリア誌などには載っていないような場所を発見することがささやかな僕の楽しみなのである。
急な質問で申し訳ないが、皆さんは、江戸時代最後の将軍「徳川慶喜」の墓がこの日本のどこにあるかご存知だろうか?僕も最近知ったのだが、日暮里にある。正確に言えば、日暮里からほど近い谷中にある。武家社会の頂点に君臨した最後の人物が、日暮里の近くに眠っている。日本史の中では、かなり有名な人物だろう。
正直に言って、僕は日本史にあまり興味がない。日本史の流れの論理みたいなものは好きなのだが、思い入れのある人物などはほぼ皆無である。ただし、戦国無双でもの凄くセクシーに表現されている武将は大好きである。今、放置少女というソシャゲーにハマっているのだが、もしも日本の武将が全員こんなにセクシーで美人だったら、どんなに良かっただろうと、思うのである。もし、僕が歴史オタクで、「由緒ある武将をセクシーに面白おかしく描くことなんて許さん!」なんて、考えを持っていたら、現代での楽しみの幅が少しだけ減っていたかもしれない。そう考えると、歴史に興味が無いのも少しは悪くは無いのかもしれない。男性諸君!恥を捨てて放置少女をやろう!!
そんなことはどうだっていい。徳川慶喜が眠る墓の周辺には様々な寺がビッシリ並んでいる。そして、少し歩けば最近すっかり有名になった「谷中銀座」がある。一度だけこの谷中銀座に行ってみたことがあるのだが、昔ながらの商店街といった感じだ。しかし、寂れている感じは一切なく、外国人観光客で賑わっており、全体として活気に満ちていた。
これは、商店街が息を吹き返した良い例なのだろう。もしかしたら、一度も危機を迎えたことは無いのかもしれない。一般的に、商店街は大型量販店の登場によって、軒並み苦戦を強いられている。肉屋、魚屋、八百屋など、最近めっきり聞かなくなった。実は、こういう専門店で食材を買った方が旨かったりするのだが。しかし、安さと便利さには勝てず、人々は大型量販店の方へと流れていく。次々に商店街の店は閉店し、シャッター商店街などど揶揄されている商店街がこの日本にどれだけ多いことか。
こういった渦中にあって、「谷中銀座」は商店街としての今後の在り方を体現している存在と言っても過言ではないだろう。外国人の中には、日本の文化を知りたい人も多い。日本の文化と言えば、京都、浅草なのだろうが、もう少し直近の時代にも焦点を当ててもいいのかもしれない。昭和の時代を生き抜いてきた商店街、そこだけ時代から取り残されているような下町、みんなが懐かしむあの日あの時。少し時間を遡ったところに存在したモノ達も、立派な日本の文化なのだから。
それにしても、外国人の観光客が多い。上野、浅草ではアジア系の観光客が目立つのだが、この地域には白人の観光客が多いような気がする。外国人観光客が多いことを見越しているのか、心の底から日本の文化が好きなのか、白人が着物を売ったり、外国人向けの周辺案内を配っていたりする。
歩いていれば、写真をお願いされたり、お願いされなくても「写真撮りましょうか?」なんて声をかけると本当に喜んでくれる。何なら、美人には調子に乗って
「日本の、簡単な挨拶をお教えしましょうか?」
なんて言ったら
「オー、アリガトゴザマース!!!ニッポン、ワタシダイスキ。アナタモットスキ!レンラクサキシリタイデース!!ハグハグ」
なんて、返されることを期待して話しかけても、大抵は苦笑いされて終わる。まるで、いう事を聞かない子供をあやす母親のように。そんな僕の親切心に期待通りに応えてくれる外国人女性なんて、フィリピンパブにしかいないのかもしれない。
国境を越えようが、国内にいようが、人間の本質は変わらないと思う。誰だって異国の地で親切にされたら嬉しいと思うし、また来たいと思うはずだ。
僕は、まだ若かったころ、世界を色々巡って旅をしたことがある。その時に受けた親切な気持ちは、10年以上経っても決して色褪せることはない。外国で親切にしてくれたら本当に嬉しいのだ。それは、心のどこかで外国に住んでいる人は違う人間であると思い、外国人に対して恐怖心を抱いているからかもしれない。
親切にしてもらったら、きちんと他の人にも親切にする。
こういったことは、大変に大事だと思うのだ。
ただし、僕は聖人君主ではない。だから、基本的には一人で困っていそうな人にしか声をかけない。グループで楽しそうにやっていたら、それはそれで放っておいた方がいいのだ。
自分の名誉の為に弁解をしておきたいのだが、決して海外の女性からいい人だと思われたいからやっているのではない。あの日あの時、僕に親切にしてくれた色々な人が僕を突き動かすのだ。さながら、アンパンマンのような親切な心で僕は動いている。こんな僕にも親切にしてくれた、だから返したいのだ。たまたま、女性の比率が高いということはあるかもしれない。しかし、それはたまたまであって、サイコロの目と同じように、同じようにずっと親切にし続けていたら、男女比はおおよそ1対1になるだろう。だから、僕のせいでは決してない。わかりましたか!?
ヒートアップして申し訳ない。
ある日のことだ。僕は自転車に乗って、谷中の方まで向かっていた。風を切る音が心地良い。
別に徳川の墓を見たいわけでもなく、商店街に用事があったのでもない。ある場所に僕は急いでいた。まるで、天竺に向かう三蔵法師のように。
僕にとっての天竺がそこにはある。
「小鳥カフェ」
これが、僕の向かっていた先だ。
ここには本当に可愛いインコたちがたくさんいる。そして、そのインコたちを見ながらコーヒーが飲めるのだ。僕は、鳥が大好きだ。特に、ペンギン、オカメインコが大好きなのである。特に用事もない日は、カップルだらけのこの店に一人で行って、インコたちを見ながらコーヒーを飲んでいる。大抵、革ジャンを着て。
その日も、色とりどりのインコたちに癒されていた。
インコたちはせわしなく喋っている。きっと僕のことを話しているに違いない。
「あ、鳥王子だ!!こんにちは!!」
「鳥王子!サインちょうだいよ!!」
「どうやったら、僕も鳥王子みたいにかっこよくなれるかな?」
何と可愛らしいことか。まるで、天使である。お前らの為なら、僕死ねる。
鳥たちを堪能し、ぎこちない笑顔を浮かべる店員に代金を払い、店を出る。
「また来るね」という、親切心溢れる言葉を残して。向こうはテンプレ的な挨拶しかしてくれなかった。
それでも、いいのだ。親切心が伝われば。
夜の帳が下り始めてきた。
そろそろ帰ろう。
ライトをつけ、自転車を走らせる。
すると、真っ暗なお寺の入り口で座り込んでいる白人の女性を発見した。
重ね重ね申し上げるが、僕はお節介な人間なのである。こんな静かで暗い所に女性一人でいたら大変じゃないですか!
さぞかし、困っているのであろう。きっと帰る方向が分からなくなってしまったに違いない。なんなら、僕が送ってあげてもよかですぞ!
「Hi! May I help you?」
流れるような英語で僕は、彼女に聞いた。
「Oh! My God!!!!!!!!!」
女性は全力で逃げ出した。まるで、ライオンから逃げるインパラのように。
親切心は必ずしも報われるわけでは無い。
でもきっと、この親切の連帯こそが平和へと繋がっていると、僕は確信している。