狂気の持つ力
信じられない話だ。今思い出してみても、簡単には信じられそうもない。
パニック障害を患ってしまった僕が、急行電車に乗り、挙句の果てに、花見シーズンの井の頭公園に行くなんて。 一般の人なら「何を大げさな・・・(笑)」とか思うかもしれないが、僕と同じ病気で苦しんでいる人から見たら、驚愕に値することのはずだ。
パニック障害の代表的な症状として、「予期不安」と「広場恐怖症」が挙げられる。それぞれの症状に関しては、このブログで以前に説明したことがあるはずなので詳細は省くが、簡単に説明すると、また発作が起きるのではないか、という不安と、人混みが全くダメになってしまうという症状だ。
特に電車に関しては、パニック障害の中でも苦手なもののキングオブキングといった感じで、乗れなくて苦しんでいる方も多いことだろう。実際に僕も苦手だ。というより、駅を何個か飛ばす急行には絶対に乗れないのだ。
しかし、その日の僕は違った。
急行に乗り、そして花見で人が溢れかえる井の頭公園に一人で行ったのだ。なぜあえて急行で行ったかというと、電車に乗っている時間がもったいないと思ったからだ。それぐらい僕の気は急いていたし、心はドキドキしていた。
早く会いたい。早く顔が見たい。
その一心で、僕は苦手なものを一瞬のうちに克服できたのだ。
ここで、一つ言わせて頂きたい。僕は何も、アイドルとか女優とか有名な人とか、彼女に会いに行ったわけでは無い。 いや、誤解しないで頂きたい。彼女にはいつだって会いたい。そうだろぅ?でも、近すぎて見えないものもあるだろぅ?望遠鏡を覗いたら、隣にいる人の顔なんて見えないのと同じだ。お分かり頂けただろうか?いや、きっと分かっている。
さて、彼女への言い訳が済んだところで少し井の頭公園の説明をしたい。
井の頭公園は吉祥寺にあって、動物園もあるなかなか大きな公園だ。三鷹方面まで行けば、「三鷹の森ジブリ美術館」もある。このような理由で、動物を見に来た家族連れ、デートに来たカップル、はたまたジブリが大好きなオタクなど、様々な人が集まるのがこの公園の特徴だろう。そして夜の井の頭公園のベンチには、必ずと言っていいほどチュッチュしているカップルがいる。
そして、桜が咲く季節になると狂ったように人が集まる。「お花見」という文化が日本には存在していて、桜の木の下で狂ったように酒を飲み、狂ったように食べ物を食べる。
お花見の起源は、古くは奈良時代の文献に残されているらしく、元々は貴族間で嗜まれていたものであったらしい。庶民にこの「お花見」の文化が広がったのは江戸時代に入ってかららしく、この江戸時代に桜の品種改良が大いに行われ、当時の江戸で花見の名所として最も有名だったのが「上野恩賜公園の桜」であった。そうした歴史もあってか、現在も上野には桜の季節になると国内外から狂ったように人が集まり、自動ベルトコンベヤーに乗ってるかの如く、人は狂ったようにギュウギュウ詰めになりながら一定の速さで、狂ったように桜を見て回る。
昨今は、桜の木が折られたり、立ち入り禁止の場所に平然と人が入って写真を撮ったりするなどの事態が頻発しており、桜を楽しみたいんだか騒ぐことを楽しみたいんだか、訳の分からない事態に陥っている場所もある。全く、狂っていやがる。
僕は基本的には花見があまり好きではない。なぜなら、花粉症の季節にどストライクだし、そもそも桜の季節はまだ大抵肌寒いのだ。だから、桜の木の下で凍えながら飲んだり食べたりするという概念が理解できず、それなら桜が見えるレストランでご飯を食べればいいと思ったりしてしまう、ちょっとニヒルな自分がいたりするのだ。
というより、花見に誘われたことなんて全くないのだけど。全く、狂っていやがる。
でも、僕は花見の季節の井の頭公園にどうしても行きたかったのだ。別に誰かから誘われたわけではない。むしろ、そんなに人がたくさんいる場所にいたら、症状も悪化してしまうかもしれない。そんな懸念も振り払われてしまうほど、会いたい人がいたのだ。
いつの日以来だろうか。こんな激情に駆られた気持ちになったのは。
少なくとも、パニック障害になってからは初めてだった。
僕が向かった先、それは「オフ会」だ。
今では「オフ会」なんて死語みたいなもんだけれど、僕はある人が開催している「花見オフ会」に参加するために、井の頭公園に行ったのだ。
その人はライターで、僕が一番文章を書く際に参考にしているライターさんなのだ。初めてその人の存在を知ったのは今からおよそ10年前だろうか。その人の書く文章はとにかく読みやすい。ふざけと真面目のバランスがちょうど良く保たれていて、長文でも読んでいて全然苦にならないのだ。しかし、内容は狂っている。
今までも、その人がオフ会を定期的に設けていることは知っていたのだが、いかんせん人見知りな性格と、音楽活動で忙しくてずっと行けなかった。しかし、今、僕もこうやってほぼ毎日のように文章を趣味で書くようになって、そのライターさんの凄さが更にひしひしと分かるようになってきたのだ。
会ってみたいな。そんな想いが狂ったように募っていた矢先、そのライターさんが主催する花見オフ会の存在を知ったのだ。
しかし、僕の内側ではもの凄い葛藤があった。僕は病気だ。しかも、花見が苦手だ。更に、今まで「オフ会」なるものに参加したことはない。そんな場所に行って、僕は正気を保っていられるのだろうか?
正直言って、ラーメン屋に行ってライスを頼むかどうかぐらい本気で悩んだ。
でも、僕の気持ちは止まらなかった。
よし!会いに行こう!
ずっと、尊敬してました。心からあなたの書く文章が好きです。僕も今、趣味で書いているんです。
このことを伝えたかった。
決めたら行動は早かった。
基本的に一日中オフ会は開いているらしい。それならば、一番気温が暖かいであろう時間帯に行って、少し話をしてすぐに帰ればいい。薬の準備だって万端だ。何なら、少し笑いを取ろうとサインを書いてもらう本に、村上春樹の「騎士団長殺し」を選んだ。
これだ。少しクスりと笑いが取れることは、自明の理だろう。薬も持っていくし。日は必ず東から昇る。それくらい確実に笑いが取れる。全く、僕のこの発想、狂っていやがる。
そして、彼はこんなことを言うに違いない。
「おいおいー、僕は村上春樹ほど書けないよ(笑)」
「いえ、僕は村上春樹ぐらい尊敬してるので!」
「なんだ、かわいいやつだなー(笑)君も何か書いてるの?」
なんて、展開になることは100%確実だ。
そして到着した井の頭公園。想像以上に人がいた。
どいつもこいつも狂ってやがる。全く、桜というのは人を狂わせる花粉でも出してんじゃねーかって思うぐらい狂ったように人が騒いでいる。お婆さんの恰好で本気で騙そうとして、毒殺をたくらもうとしている大男ぐらい皆狂っていやがる。
ツイッターで挙げられていた写真だけを頼りに、そのオフ会の開催場所を探した。
あのね、一向に見つかんない。
なんも目印とか出してくれてないのな。
人がギュウギュウに詰まっている井の頭公園を一人うろうろする。一人で来ている人なんてほぼいないので、僕は花見に参加してるんですよ的なオーラを出さねばと思い、TOKIOの「花唄」を口ずさみながら、オフ会の場所の探し求めた。
そしたら白人が「シャラップ!!うるーせよこのジャップが!!」って、僕のことをいきなり怒鳴りつけてきた。普段なら、こんなシチュエーションになったらとても落ち込むか逆にキレるかのどちらかだが、その日の僕は違っていた。
そう僕には崇高な目的がある。
余裕の笑みを浮かべ
「ソーリー。ヒゲソーリー。」
とだけ返した。
この余裕、たいがい僕も狂っていやがる。
しかし探せど探せど、オフ会の場所は見つからない。
あぁ、やっぱりダメなのか。まだ、会うタイミングじゃなかったのか。
なんて、灰色の空のようにどんよりとした気持ちになって、池の柵にこしをかけてぼーっとしてた。
そして、ふと何故か目の前にあった雀卓に目をやってみる。雀卓・・・?
「〇〇〇オフ会。」
あったーーーーー!!!こんな目の前にあったーーーー!!!!
やっぱり、神様は僕を見捨てていなかったのだ。こんなに頑張って来た僕に神様はご褒美をくれたのだ。しかし、雀卓とはオツなことをしているもんだ。さすが僕のあこがれている人。
嬉しくなったと同時に、もの凄くドキドキしてきた。
あぁ、やっと会える、あのライターさんに会える。やばい、やばい、呼吸がおかしくなってきた。
オッケー、落ち着け落ち着け、僕。
深呼吸をして、そのオフ会に突入しようとした。
「あの、すいま・・・・」
「遅かったじゃーーん!!!!おいおい!!久しぶりーーーー!!!」
僕の声を打ち消すほど大きな声が響き渡った。
どうやら、この声の主はオフ会の常連らしく、一気にその主に注目がいってしまった。しかも久しぶりだったらしく、一気に話題に華が咲いてしまったようだ。
サインを貰うために村上春樹の小説を手にしていた僕。完全にアウェーになった。
しばらく固まっていたら、そのオフ会に参加している人が
「あれ?何か用ですか?」
と優しく話しかけてくれた。
「いえ、いいんです。すいません、失礼します。」
入るタイミングを逸した僕は完全にパニックになってしまい、その場から狂ったように走って逃げだした。
狂っていた、皆狂っていた。
何より僕が狂っていた。そして、村上春樹の小説は手汗でぐちょぐちょになっていた。
久しぶりの同窓会で面白いネタを仕込んできたのに、その前に相当面白いことをやられてしまった、そんな切ない気持ちでいっぱいだった。
速攻で井の頭公園を抜け出して、急行に飛び乗った。
「・・・・・・。まぁ、今日は上出来だったな・・・。」
僕は自分に噛み砕くように言い聞かせた。
全く、僕が一番狂っていやがる。
後日、普通に急行には乗れなくなっていました。